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奈良地方裁判所 昭和45年(ワ)146号 判決

原告 山和明美

被告 服部行徳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和四五年七月一日になした別紙目録〈省略〉記載の不動産に対する強制執行停止決定(昭和四五年(モ)第二二五号)はこれを取消す。

前項にかぎり、仮りに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載の物件に対してなした明渡の強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、別紙目録記載の不動産(以下本件家屋という)は昭和四五年五月以降原告が占有しているものである。

二、しかるに被告は訴外籔トモ子に対する大阪高等裁判所昭和四四年(ネ)第七二一号家屋明渡等請求控訴事件の執行力ある確定判決正本にもとづき、昭和四五年六月一九日奈良地方裁判所の執行官に本件家屋に対する明渡等の執行を委任し、同執行官は同月二三日本件家屋内の動産差押をなした。

三、よつて原告は本件家屋に対する強制執行の排除を求める。」と述べ、

被告の本案前の申立に対し、右前訴確定判決において原告が本件家屋を占有していない旨判示せられたことは認めるが、右判示は判決理由においてなされたにすぎず、既判力を生じていない。と主張し、

「被告の主張事実中、被告が昭和三九年一二月二一日ごろ本件家屋を訴外籔トモ子に賃貸し、同女においてこれを占有していたことは認めるが、同女は資金難のため飲食店経営が継続できなくなつたため、前訴係属中(第一審判決言渡後)の昭和四五年五月中、原告から営業資金の出資を仰いで右店舗(屋号天保)の権利を営業権とともに原告に譲渡したものであつて、原告が右事実(自主占有の開始)を当時の訴訟代理人に秘していたため、前訴控訴代理人の錯誤により真実に反して原告が本件家屋を自主占有していない旨の答弁を維持していたにすぎず、当時本件家屋を原告が占有していたことについては被告自らこれを前提とした不動産仮処分命令を申請し、その執行を継続してきたことからしても明らかである。」

と附陳した(立証省略)。

被告訴訟代理人は本案前の申立として、「本件家屋に関する原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告が本件家屋を自主占有していないことについては、原告主張の確定判決により既判力を生じているから、これに抵触する本訴は訴訟要件を欠き却下を免れない。と述べ、

本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として

「原告の主張事実中、原告が訴外籔トモ子に対する原告主張の確定判決正本にもとづく本件家屋明渡ならびに動産差押の執行を奈良地方裁判所執行官に委任し、右委任により原告主張の頃右執行官が本件家屋内動産の差押をなしたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。原告は前訴において終始本件家屋の占有補助者にすぎない旨主張、供述しながら、右主張が確定判決により容認せられるや、籔に対する強制執行を免れるため前訴の訴訟行為と全く相反する主張をするに至つたもので、信義則上右の主張は許されず、原告の本訴請求は失当である。」

と述べた(立証省略)。

理由

一、まづ被告の本案前の申立について考えてみるのに、原告が本件家屋の占有を有せず、訴外籔トモ子の占有補助者にすぎない旨の判決が原、被告間で本訴提起前に既に確定していることについては両当事者間に争いがない。

しかしながら成立に争いのない乙二、三号証の各一、二に徴すると、被告が原告に対し本件家屋の明渡を求めた請求が、控訴審の判決により棄却せられ、確定するに至つたが、原告が本件家屋を占有していないことについては右確定判決の理由中に説示せられたにとゞまることが明らかであり、確定判決の理由中の判断については既判力を生じないと解すべきであるから、この点の被告の主張は失当である。

二、そこで原告の本訴請求の当否について以下判断をする。

原告が訴外籔トモ子に対する右確定判決正本にもとづき本件家屋明渡等の執行を奈良地方裁判所執行官に委任し、右委任により原告主張の頃右執行官が本件家屋内の動産差押をなしたことについては両当事者間に争いがない。

原告は右判決確定前であり、前訴係属中の昭和四五年五月中に右籔トモ子から本件家屋の譲渡を受け、爾後これを自主占有していると主張するところ、原告が前訴確定に至るまで原告が本件家屋を自主占有していない旨の答弁に終始し、このため右確定判決において、その主張が容認せられたことについては両当事者間に争いのないところである。原告は第一審判決言渡後本件家屋の譲渡を受けた事実を当時の控訴代理人に秘していたため同代理人の錯誤により真実に反した答弁を維持したにすぎぬと抗争するが、前記書証に徴すると原告は訴外籔トモ子より本件家屋の無断譲渡を受けたものとして明渡の訴求を受けていたものであることが明らかで、同女の占有補助者にすぎないとの主張を容認せられることによつて、右訴求を免れておきながら、その判決確定後に及んで、いまさら右の主張が錯誤によるものであるとし、譲渡(これが無断譲渡であることは弁論の全趣旨に照らし一点の疑も存しない。)の事実を新たに主張することは民訴法一三九条の法意に照らすも、また信義則に照らすも、到底容認し難い。(まして原告の前訴代理人の錯誤にもとづく旨の主張は当裁判所の再三の釈明の末、本訴提起後八ケ月余を経過して始めてなされるに至つたことが記録上明らかである。)そうすると、原告の右主張は許されず、これにもとづく原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、強制執行停止決定取消につき民訴法五四九条、同法五四八条、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村旦)

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